月読神社【つきよみ】(京都市西京区松室山添町)

境内入り口

境内入り口




松尾山の山麓、松尾大社の南500mの位置に鎮座する。
現在は松尾大社の摂社だが、延喜式神名帳で明神大社とされる由緒ある神社だ。




門より拝殿と本殿を見る

門より拝殿と本殿を望む




拝殿から本殿を見る

掲示

松尾大社摂社 式内社 月読神社【つきよみじんじゃ】

ご祭神 月読尊【つきよみのみこと】

約千五百年前に鎮座された古社で古来授福の神・安産の神として人々の尊崇が厚い。
境内には
 聖徳太子社【しょうとくたいししゃ】
   古老たちは「学問の神」と伝う
 御舟社【おふねしゃ】
   「航海安全」「交通安全」の神
 月延石【つきのべいし】
   安産石で妊婦の守り神とされている
 解穢の水【かいわいのみず】
   四時絶えることないお山からの霊水
などがある。



京都市指定史跡
月読神社境内

 月読【つきよみ】神社は延喜式では名神大社の一つに数えられる神社で、元は壱岐氏によって壱岐島において海上の神として奉斎されたものです。
 文献によれば、顕宗【けんそう】三年(487)阿閉臣事代【あべのおみことしろ】が朝鮮半島に遣わされる際に、壱岐で月読尊がよりついて託宣をしたので、これを天皇に奏上して山城国葛野郡歌荒樔田【うたあらすだ】の地に社を創建したとされ、斎衡【さいこう】三年(856)に松尾山南麓の現在の地に移ったと伝えます。
 境内は、江戸時代に建てられた本殿、拝殿を中心に、御舟社、聖徳太子社などから構成されています。
 月読神社が京都へもたらされるにあたっては渡来系氏族、なかでも山城国と深く関係する秦氏が関わった可能性が強く、古代京都の神祇信仰やまた渡来文化を考える上で重要な意味をもつ神社であるといえます。

平成五年四月一日 指定
京都市




本殿

本殿




解穢の水、御舟社

左手に霊水「解穢野水」、中央奥に御舟社




陰陽石

願掛け陰陽石
御舟社

御舟社



聖徳太子社、月延石

左手の社殿は聖徳太子社、右手は月延石




月延石

月延石【つきのべいし】



神社の地図 ←地図   戻る

home   作成:2012.01.03