崇道天皇社【すどうてんのう】(奈良市西紀寺町)
参道入り口
掲示 重要文化財 崇道【すどう】天皇社本殿 一棟 桃山時代 昭和二十四年五月三十日指定 この神社は、早良【さわら】親王(崇道天皇)の御霊を鎮めるために八0六(大同元)年に創祀されたと伝えられています。 本殿は一間社春日造【いっけんしゃかすがづくり】・桧皮葺【ひわだぶき】です。一六二三(元和九)年の棟札【むなふだ】があることなどから、一五八六(天正十四)年に春日大社若宮神社の本殿として建立されたものを、一六二三年に移築したと考えられます。春日旧社殿の古い遺構として貴重です。 奈良市教育委員会 |
![]() 狛犬吽形 |
![]() 狛犬阿形 |
表門
鳥居をくぐり突き当り左手に拝殿がある
現在本殿は南面しているが、明治八年までは参道の真正面西向きだったという。(『奈良市史』による)
拝殿
左手、春日造の本殿
掲示 由緒 奈良市西紀寺町四拾番地鎮座 崇道天皇社 一、祭神 早良親王(追号崇道天皇) 一、当社は平城天皇大同元年(1180年前)の創立にして桓武天皇の皇弟早良太子〔光仁天皇と高野夫人の第二皇子〕の霊を鎮め祀る。 天応元年桓武天皇の皇太子となる。 延暦三年都を平城京より長岡京に移し天皇政事を太子に任せらる 同四年故ありて乙訓寺に幽閉され後淡路島に配流途に崩御あらせらる遺骸を仁井の里に埋葬された。 国内に凶事続出親王の怨霊との声高まり同十七年天皇遺骨を大和八嶋陵に迎え同十九年陵に於いて追尊の儀執行せらる。 平城天皇大同元年社を建立霊を慰められたのが当社の創立である。 一、重要文化財(旧国宝) 本殿 壹棟 一間社春日造桧皮葺 棟札により元和九年霜月四日造営になったことを知る 春日神社式年造営に方って若宮の旧本殿を移建したるもので最古の建造物である。 一、例祭 十月十五日 |
左の祠は祓戸社、その奥は本殿
祓戸社御祭神:
瀬織津姫神【せおりつひめのかみ】
速開都姫神【はやあきつひめのかみ】
気吹戸主神【いぶきどぬしのかみ】
速佐須良姫神【はやさすらひめのかみ】
左:天満宮 右:稲荷社
天満宮御祭神:菅原道真公【すがわらみちざねこう】
稲荷社御祭神:宇迦之御魂神【うかのみたまのかみ】
『奈良市史』に、「明治二十四年の神社明細帳には、春日神社は他の二社とともに独立してまつられているが、現在は祓戸神と相殿にまつられている。」とあった。祓戸社の掲示には春日神社の記述は無かった。春日社が独立し、春日社の祠を私が見落としたのだろうか。
写真:2012.09撮影
home 更新:− 作成:2022.01.11