寿栄神社【ひさか】(三重県名張市丸之内)

参道入り口

「寿栄」を「ひさか」と読む。祭神である藤堂高吉の法号「徳蓮院殿徳翁寿栄大居士」からきている。




境内入り口

門の奥に拝殿が見える
境内入り口の門は、旧藤堂邸の正門通称太鼓門と呼ばれたもので、昭和10年(1935年)3月旧態のまま現在地に移転された。
昭和28年()5月7日三重県指定史跡となる。




三重県指定史跡太鼓門

太鼓門
門に向かって左手に、連絡用の太鼓を置いた部屋があったのでこの名が付いた。




拝殿

拝殿
祭神:藤堂高吉 応神天皇




本殿

名張藤堂邸から本殿を見ることができます。(2013年11月9日撮影)




桔梗紋の扉 拝殿の奥を見ると扉があった。本殿に至る扉に桔梗の紋が付いている。桔梗紋は名張藤堂氏の家紋である。

一枚目写真右端の石碑には以下の一文があった。

地名由来
名張藤堂氏の家紋に因み
殿館跡の此地丘陵一帯を
桔梗ヶ丘と称し來れり



北東方向へ約4kmほど行くと桔梗が丘団地がある。団地の名は、この地の名を引き継いだという。



瓦の桔梗紋

瓦にも桔梗の紋




寛文8年(1670年)7月18日、名張藤堂家の初代内宮少輔高吉が92歳で歿するにおよび、同年8月15日、一族及び家臣がその遺徳を敬慕し、邸内に一祠を建てて遺霊を勧請し寿栄神社と称した。また、伊南里社とも号した。
明治10年1月の政府布告で「人民私邸内等に自祭する神祠仏堂へ衆庶参拝致させることは不都合」ということになったため、同年6月11日、三重県令宛に「衆庶参拝並社格願」を提出した。翌11年8月16日付で、衆庶参拝の儀は許されたが社格昇進は許されなかった。
明治24年9月、現在地に移転、総費用99円97銭と記録されている。
大正9年9月5日、氏子総代の連著をもって再度昇格願を三重県知事宛に提出、これに対し10年12月昇格が認められた。



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写真:2008.08撮影
home   更新:2013.11.15 作成:2008.09.29