笠松町【かさまつちょう】の山ノ神
笠松町の八雲神社境内に山ノ神碑、秋葉山・金毘羅山の祠、庚申さんの碑が並ぶ
右端の家形の祠の中におられるのは蛭子様・大黒様か?
山ノ神碑アップ
四体の山ノ神碑の間に石の祠がある。
祠には、向かって右「金比羅山」、左「秋葉山」の文字。防火の神様を祀っているようだ。
山ノ神碑アップ
五体の山ノ神碑が並び、右端には庚申さんの碑がある。
なんだこの置き方は!? と一瞬戸惑った。
が、山ノ神碑は手前の四体で、奥の七体の碑には「北斗・・・」の文字が刻まれていた。
「北斗」の文字を見て、北斗七星の形に置かれていることにやっと気が付いた。
松浦武四郎記念館の方から「七つ石がある」と教えて頂いたのだが、この石碑のことなのだと思った。
手前の山ノ神碑アップ
奥の七つ石(一部)アップ
北斗の下の文字が読めない。「土が跳ねて読めなかった。」ということにしておく。
『ふるさと三雲今と昔』(三雲町史編集委員会)に「笠松と北斗七星 -なぞの多い北斗さん-」の章があり、石碑に以下の文字が書かれているそうです。
北斗枢【すう】社 北斗〔王+旋〕【せん】社 北斗〔王+幾〕【き】社 北斗権【けん】社 北斗玉衡【ぎょくこう】社 北斗開陽【かいよう】社 北斗揺光【ようこう】社
(中国古代天文学による北斗七星個々の星の名前)
『ふるさと三雲今と昔』によると、笠松では「北斗さん」と総称され、「悪い病や悪魔が村に入ってこないように守ってくださる神様」として信仰されていたそうだ。正月には注連縄を張り鏡餅を供えて祀られたという。もともと里中に散在していたのだが、農地区画整備のため昭和六十年(1985)頃、八雲神社に集められたとのこと。「三雲村の北斗七星」(野田精一)には個々の北斗さんがどの場所に置かれていたかが具体的に記録されているそうでえす。地図上にその位置をプロットすると、整然と並んではいないものの、ほぼ星座の形をなぞっていたようです。
北斗さんがなぜ祀られたのか、いつ頃祀られたのか、伝承・記録は無いようです。近村で北斗七星を祀る慣行も見られないとのこと。可能性として、松阪には妙見菩薩を祀るお寺が複数あり、妙見菩薩は北辰妙見菩薩、北斗妙見菩薩とも呼ばれることから、修験者が伝搬に関与したと推察することも出来る。もう一つ、伊勢信仰との結びつきも考えられる。江戸時代笠松に内宮護摩田があってもち米を献上した記録があるそうだ。内宮の天照大御神を北極星、すなわち北辰と見立てて太一の称号で示し、外宮を北斗七星とみる考えがあるそうです。
写真:2020.10撮影
home 更新:2020.11.02a 作成:2020.10.30