東大寺二月堂をお守りする神社(奈良市雑司町)

興成神社 背後は二月堂

興成神社【こうじょうじんじゃ】
背後は二月堂

祭神は豊玉姫命【とよたまひめのみこと】で、二月堂練行の神社。一説に東大寺八興社の一社とされている。(『奈良市史社寺編』)

掲示

興成神社(こうじょうじんじゃ)
 修二会行法を守護する三社(興成、飯道、遠敷)のひとつで、遠敷明神が若狭より送水された折、黒 白二羽の鵜が岩盤を打ち破って飛び出て、そのあとから甘泉湧出したのが若狭井(わかさい)で、鵜を祀ったのがこの興成神社である。平安時代には「能く不死薬を取りて人に与え食せしめ、長生の齢を保たしむ」という誓願を持つ菩薩として信仰されていた。平安期には既に現在地に鎮座していたと想像される。八大菩薩として現存しているのは当社だけである。



遠敷神社

遠敷神社【おにゅうじんじゃ】

祭神は彦火火出見命【ひこほほでみのみこと】。二月堂お水取行法は、遠敷明神が福井県小浜市の遠敷川の神水を二月堂観音に送水し、この閼迦水をくむ行法である。
当社は、実忠和尚が若狭彦神社の遠敷明神を勧請したと伝えられる。(『奈良市史社寺編』)

掲示

遠敷神社(おにゅうじんじゃ)
 二月堂の北東にあるが、様式から判断すると十九世紀の再建と思われる。遠敷明神が閼迦水を献じたとの伝承は「東大寺要録」に載っており、平安時代には既に二月堂近辺に勧請されていたことと想像される。中世の絵画には他の二社とともに描かれている。



飯道神社 掲示

飯道神社(いいみちじんじゃ)
 本社は滋賀県甲賀郡雲井の海抜六六四メートルの飯道山の直下にあり、和銅四年(711)熊野本宮より勧請された修験道の霊場でもある。奈良時代に神宮寺として飯道寺があり、明治期まで存在していた。
 二月堂の南東にある当社は、弘安六年(1283)頃にその井垣が修理されているので、鎌倉中期以前からの存在が確認される。但し、二月堂寛文の再建にあたり形式の変更があった模様。

飯道神社【いいみちじんじゃ】(はんどう神社ともいわれる)

祭神は、軻遇突智神【かぐつちのかみ】・埴山媛命【はにやまひめのみこと】・稚皇産霊神【わくむすびのかみ】。軻遇突智神は火の神、埴山媛命は土の神、稚皇産霊神は五穀の神といわれる。二月堂練行の神社で、実忠和尚の勧請と伝える。二月堂練行の神社であり、飯道神社・遠敷神社・興成神社は、いずれも二月堂鎮守社である。 (『奈良市史社寺編』)




二月堂周辺地図

二月堂をお守りするように三社が鎮座しております
(Googleマップより抜粋させて頂きました)




二月堂からの眺望

東大寺二月堂からの眺望
左上は東大寺大仏殿



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写真:興成神社2012.10、遠敷神社・飯道神社・眺望2014.04撮影
home   更新:− 作成:2022.02.09