夜都岐神社【やとぎ】(奈良県天理市乙木町【おとぎ】)

『日本の神々4 大和』には夜都神社と書かれている。参道の掲示も、伎と岐が混在していた。一応、一枚目の写真の標柱に準じておく。
夜都岐の訓みは、やつき・よとき・おとぎ等所説ある。祭神も、建御雷神・健伊賀津知命・春日四神・屋就神【やつきのかみ】・箭就宿禰【やつきのすくね】・夜都留伎神【やつるぎのかみ】等所説があるようだ。(『日本の神々4』)

参道入り口

参道入り口 一の鳥居?

この道の突き当り左側に神社の杜が見える。かすかに、石の鳥居(三枚目の写真の鳥居)(横から見る形なので白っぽい柱のような感じ)も見える。
母方の祖父母の家に行くとき、この鳥居の前の道(県道51号線)を通っていた。出来るだけ国道24号線を使わない様に走っていたのだ。




神社の杜

神社の杜
神社のそばを、山の辺の道が通っている。左へ行けば石神神宮に至る。
参拝した時も複数のハイキング姿の方々と出会った。




参道

参道

参道掲示
夜都神社
天理市乙木町の北方集落からやや離れた宮山(たいこ山ともいう)に鎮座し俗に春日神社といい春日の四神を祀る。
乙木には、もと夜都伎神社と春日神社との二社があったが夜都岐神社の社地を竹之内の三間塚池と交換して、春日神社一社にし社名のみを変えたのが現在の夜都伎神社である。当社は昔から奈良春日神社に縁故深く、明治維新までは当社から蓮の御供えと称する神饌を献供し春日から若宮社殿と鳥居を下げられるのが例となっていると伝える。
現在の本殿は、明治39年(1906年)改築したもので、春日造檜皮葺、高欄、浜床、向拝彩色7種の華麗な同形の四社殿が末社の琴平神社と並列して美観を呈する。
拝殿は萱葺でこの地方では珍しい神社建築である。鳥居は嘉永元年(1848年)4月奈良若宮から下げられたものという。

参道掲示
式内夜都神社
祭神  武甕槌命
【たけみかづちのみこと】
    経津主命
【ふつぬしのみこと】
    姫大神
【ひめおおかみ】
    天児屋根命
【あめのこやねのみこと】
例祭  十月十二日
境内社 琴平神社 大物主
    八坂神社 素戔嗚命
    鬼子母神
特殊祭儀
 一月二日 


境内に至る石段

特徴的な茅葺屋根の拝殿が見えてきました。




境内

境内




茅葺の拝殿

拝殿
茅葺の拝殿が印象に残る神社だ。
(茅葺の舞殿は複数見た気がするが・・・)




社殿

社殿

拝殿に、各々の社殿にお祀りされた祭神のお名前が書かれた木札が掛かっていた。
写真手前左から、八坂神社(祭神:素戔嗚尊【すさのおのみこと】)、春日四神の内天児屋根命【あめのこやねのみこと】、春日四神の内経津主命【ふつぬしのみこと】、
ひときわ大きい社殿が春日四神の内武甕槌命【たけみかづちのみこと】、春日四神の内姫大神【ひめおおかみ】(かすかに屋根が見える)、
琴平神社(祭神:大物主命【おおものぬしのみこと】 上の写真では見えない。)




八坂神社

八坂神社
現在祭神は素戔嗚尊だが、元は牛頭天王だったようだ。
当社は琴平神社と一緒に神宮寺の薬師堂から移されたとのこと。




鬼子母神社

鬼子母神社




春日社の文字がある手水鉢

手水鉢に「春日社」の文字



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写真:2005.06、2005.03撮影
home   作成:2021.08.07