丹生官省符神社【にうかんしょうぶ】(和歌山県伊都郡九度山町慈尊院)

古くは、丹生高野明神社、丹生七社大明神とも呼ばれた。
社名の官省符は、この辺りに官省符荘(庄)があったことによる。
官省符とは、太政官と民部省が発行する公文書のことで、これによって設立を認められた荘園は租税を免れた。
(「不輸不入の権」なんて言葉も思い出す。)
この荘園を管理するために政所が置かれ、その鎮守が七社明神社であった。

両部鳥居の奥に拝殿

15時を回った頃、空が真っ黒になり雨がパラつきてきた。雨の一粒が大きく嫌な予感。しかし傘は、遠くに停めた車の中だ。
この写真を撮る私の背後には、長い階段があり大きな鳥居も見下ろせるのだが、階段を下り写真を撮る心の余裕はなかった。
階段の下には、女人高野とも呼ばれる慈尊院がある。多宝塔を見てみたかった。




拝殿

拝殿右側には「世界遺産」「丹生官省符神社」「高野町石道登山口」と大きく書かれた板が貼ってあった。
さらに右手には以下の掲示があった。(左手の掲示は写真を撮るのを忘れた。)

境内掲示

丹生官省符神社【にうかんしょうぶじんじゃ】
通称名 九度山 慈尊院 丹生神社

御由緒 当神社の草創は古く弘仁七年(816年)弘法大師(空海)によって創建されたお社であります。

主祭神として
丹生都比売大神 高野御子大神 大食都比売大神 市杵島比売大神
天照皇大神 八幡大神 春日大神
をお祀りし合祀社として
雨宮神社 丹生神社 厳島神社二社 飯炊神社
金刀比羅神社 子守神社 早苗降神社 八王子神社
八幡神社 稲荷神社 天満神社 伊勢神社
蛭子神社 大黒天神社、境内社として招魂社をお祀りしています。


高野山町石道登山口鎮座(国指定史跡)

慈尊院の総門(明神慈氏寺)をくぐり参道正面石段途中石造大鳥居右百八十町石を拝し百十九段を登り切り神前へと進みます。高野登山は当神社にて登山の奉告(報告)と道中の安全(導き)を祈りましょう。また下山された時はお礼を申し上げましょう。


正面参道石段(百十九段)=指定文化財

古来より百十九は吉数とされ割り切れない数でもあります。天と神に通じる地(神通寺壇=現鎮座地)にふさわしい体裁を整えられ将来が永く続くように祈念されました。この石段を祈念坂ともいわれています。




拝殿から本殿を拝す

七社明神の内、丹生都比売大神【にうつひめのおおかみ】と高野御子大神【こうやみこのおおかみ】の二柱は、空海が弘仁年中(810~824)にこの地に奉祀したという。室町時代の文明年間(1469~1487)に気比神【けひのかみ】、厳島神【いつくしまのかみ】の二柱が勧請され、別の所に祀られていた三社を加え、七社明神となった。




本殿



本殿 本殿

本殿


九度山町といえば、高野山の入り口というイメージと、もう一つ、真田昌幸、幸村父子が蟄居した所として思い出される。隣にある慈尊院は、空海が母のために建てた草庵にはじまるという。晩年、空海の母は息子に会うため讃岐から高野山に来たが、当時高野山は女人禁制だった。空海は母に会うため、月に九度この地に通ったという。九度山【くどやま】のいわれである。

最小限の撮影を終え、ぱらつく雨の中を駐車場に戻った。エンジンをかけるまもなく、すさまじい雨が降ってきた。国道24号線の時速40km以下の流に乗って自宅へ向かった。

神社の地図 ←地図   戻る

home   作成:2011.09.04