春日神社【かすが】(三重県名張市矢川)
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参道
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境内入り口の狛犬はお尻を上げた出雲式だ
拝殿
祭神
天児屋根命【あめのこやねのみこと】
大物主命【おおものぬしのみこと】
大山祇神【おおやまつみのかみ】
「三国地誌」に「壬申の乱に天武帝此の地に到り玉ふとき、本邑田辺某夢の告ありて出迎ふる時に春雨頻りに降り大水漲りて如何ともすることなし。然るに白鹿忽然と来り帝を乗せ奉りて水を済すと。社の西に涯あり。一統後勅あり。春日の神をここに祀り鹿高明神と称す」とある。また、「三代実録」に貞観一五年(873年)九月一九日名張郡鹿高神に従五位下を授けた記事がある。この鹿高神について、明治年間に(現)鹿高神社と本家争いがあったが、東大寺文書から、矢川春日神社であることが通説となっている。東大寺文書には「加陀賀明神」とある。現存する江戸時代の棟札には「春日五社大明神」とある。
本殿
本殿
明治40年 2月20日 区内 山神社を合祀
明治40年10月 6日 区内 金刀比羅神社を合祀
明治41年 1月15日 滝口 白山神社を合祀
上三谷 白山神社を合祀
上三谷 秋葉神社を合祀
(滝口白山神社は明治39年3月28日に区内の山神社を合祀している。)
摂末社
境内看板 県指定史跡 矢川春日神社境内の石燈籠 この石燈籠は、宝珠が失われ代替品であるが、四角形燈籠の典型である。竿の正面には右のような文字が読みとれる。 大願主 藤原康 癸 正平八年 十月廿二日 巳 □□沙弥得円 正平八年は南朝の年号で一三五三年にあたり数少ない南朝年号の例として金石文の上からも貴重である。 名張市教育委員会 矢川春日神社 |
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写真:2011.03撮影
home 更新:2011.03.21 作成:2006.10.28